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琵琶湖に呼ばれて

不思議な出会いの先に待っていたのは湖の畔の素敵な部屋。そこに暮らしながら日々の様々な気付きを発信しています。

自分は そこにいる それだけで

「自分がすごい」と

思うことも大事だけれど

 

「自分は そうさせてもらってる」

自覚することも 大切だなぁと

つくづく思った。

 

 

頑張れるのも 

元気が出るのも

やることがあるのも

思いついたり 

気付いたりできるのも

 

最初から みんな持っていて

内側に備わっていたもの。

 

それが 目を出して 茎が伸びて

花が咲くのは

 

地面に根が張ってるから。

 

その下に養分があるから。

 

 

1人で頑張ったとか

自分が頑張ったとか

 

そう思うのは素敵だし 

大事なことだけど

それもこれも 養分があったから。

 

もともと備わっていたから、

備わっていたことに

気づけたから。

 

周りに 友達がいてくれたから

喧嘩があって

仲良くして

親がいて

恋人とわかれたり

くっついたり

色々したことが

みんな養分に なって

根が強く張ったから。

 

 

この世に 自分の持ち物が1つもないように

この世で 自分が動かせるものなど

1つもない。

 

 

 私は

そう思う。

 

ただ 自分の中に眠る光を呼び起こして

それで 周りを照らす、そんな事が出来た、

という今生。

 

「自分が」「自分が」

 

が始まると

 

次は

人のジャッジが始まる。

人のジャッジが始まると言うことは

そこにコントロールが生まれる。

 

優劣や比較や保身や独占、

 

そこには もうなんの輝きもない。

 

 「自分」を 少し脇におくと

柔らかく 輝き出す光。

 

やらせてもらえている

させてもらってる

有りがたく受ける

 

それが なくなった人

当たり前になっていく人は 

厚かましく 見苦しい。

 

それを そう見るのも ジャッジの1つ。

そういう人でさへ

光をもっている。

だから何もいわない。

ただ 見ている。

 

 

良いも悪いもなく

こうでなくてはならない、も無い。

 

 

 

 

 

 

始まり 元を探す 本物の光を探す

 

そこには結論や目的や目標がない。

その旅自体がゴールであり 楽しみである。

 

いつでも 自由で居ること。

 

やりたいことがやれている?

気分はどうだ?
違和感はある?

 

 


自分に問う。

 

高みに昇ると決めた途端

 

あれ?

これって あんまり光ってないな〜

前から そうだっけ?


言うものが 山ほど見えてきて

正直 戸惑っている。

 

でも、それで良いんだな。

 

 

今日も琵琶湖は綺麗だった。

 

神様が、もしかしたら

今日は

琵琶湖に お出ましになったのかもしれない。

 

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