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琵琶湖に呼ばれて

不思議な出会いの先に待っていたのは湖の畔の素敵な部屋。そこに暮らしながら日々の様々な気付きを発信しています。

断捨離の繰り返し

About Me

 

相当昔 、ネットワークビジネスを頑張っていた時期がありました。

伝えてくださった方はそのビジネスでは世界のトップであり

世界中からOnly oneな存在と呼ばれている方でした。

 

他のネットワークビジネスをされてる方や起業家の間で

その方を知らない人は居ないほどの有名人。

 

ご縁があり直接その方からマンツーマンで

成功しか出来ないビジネスプラン」と「成功するまでの戦略」

そして自分自身がまず豊かになろうよ・・・みたいな話を聞きました。

 

その方の不思議な魅力とカリスマ性

ビジネスのプランと製品がとても気に入りました。

 

私にもできるかな?やってみようかな?と思ったのです。

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私にビジネスを伝えてくれたその方は

本当に「凄い!」の一言しかない方でした。

仕事ぶり、発想、直感力の凄さ、

周囲の方に対する思いやり、ユーモア。

若い頃にその方の近くに居られたのは とても幸せでした。

 

成功者とは?人生における成功とは?

 

私の中でその基準が出来た出会いでもありました。

 

 

「類稀な」と言う言葉があれ程ふさわしい方も居ないだろうな。

そういう方と出会えた自分も凄いなと今更ながらに驚いています。

 

 

 

 

その伝えて下さった方のお手伝いもあり

想像以上に 早くビジネスは広がり 1年過ぎる頃には

私のグループは巨大で安定したグループになっていました。

 

月収はどんどん増え生活は華やかそのもの。

招待旅行を含め 海外旅行、国内旅行も沢山しました。

デザイナーの作る特注の家具を買ったり 都内の閑静な住宅地に越したり

外車に乗ったり ブランド品を身につけたり。

 

年の割には 裕福な暮らしをしていました。

とても生意気な小娘だった時代です…(笑)

 

 

 

ところがスタートから 5年位で ばっさりとそれを辞める日がきました。

ビジネスは順調で グループは広がり続け 誘った友人達も成功しだし

私の知名度も少しづつ上がり

色んな会場にゲストスピーカーとして呼ばれ始めていた頃でした。

 

リゾートホテルを借り切って仲良しの兄弟系列グループと

会場ミーティングを開けば 参加者は2000人以上…

スタッフにはトランシーバーを持たせ ゲストも有名な方ばかり。

チケットは即完売…そんな頃でした。

 

我ながらよく辞めたなと 今でも不思議です。

後の生活とか損得とか 周りからどう思われるか?

なんて 殆ど考えずに 退会届けを出しました。

収入ともグループとも 潔くさよならしちゃったのです。

 

もちろん周りからは 驚きと 呆れ顔とで見られました。

誘ってくださった方と 頑張ってきたグループのみんなには 謝りました。

その方は 私がいなくなっても 自分のグループには影響なんかありません。

その位凄いグループを持ってらっしゃいました。

 

ただ、本社からは 担当の方が引き止めに来られました。

仲間にも凄い泣かれたし 叱られたけど気持ちは変わらなかった。

理由を問われても 大した理由もなく 自分が一番不思議に思っていました。

 

 

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辞めようと決めた瞬間は 「決断」と言う程の決断でも無く

悩む事も迷う事もなく 飛行機のタラップを降りながら

「もう辞めよう」って思った事だけ覚えています。

 

 


そこから 生活は一変。

お金は 貯金などもありましたので なんとかなりましたが

人に囲まれ 移動の多い 激務の日々から 暇な退屈な日々になりました。 

廃人のようでした・・・笑 

 

やる事がない!

暇で暇でしかたない!

 

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 あんまり暇だったので 好きなお花でも育てようかな…。

ベランダガーデニングを始める始末。

 

お陰で 今度はバラにハマりました。

バラの世界で オフ会やらオフ会で知り合った方と

あちこちのガーデンに出かけたり。

ネットもはじめましたね〜。バラサイト、Blog、オフ会の主催。

そして・・・その世界でも そこそこ知名度があがりました(笑)

 

周りには 今やとても有名になって著書をしたためたり

テレビに出たりする様になったガーデナーさんや

フラワーフォトグラファー、お庭の雑誌の編集者になった方など・・・

 

でも当時は まだまだ皆さん無名。

所謂 ただの素人集団で毎日 楽しくバラ談義。

・・・思えば平和な日々でした笑

 

 

 

その後、数回の引っ越しがあって

最終的にはマンションに落ち着いている今では

あれだけのバラはもう育てられない・・・と諦めています。

 

当時持っていたバラの鉢は軽く100を超えていたし

球根や種も レアなものをイギリスから取り寄せていました。

すべて人に譲りました。

寂しかったけど バラは全て手放してしまった。

 

素敵なお庭は 愛情と手間暇あってこそ、お金もかかります。

今はオーブンガーデンや バラ園にでかけたりするだけで満足です。

 

 

 

 

 

 何も辞めなくてもねぇ・・・ とか 

バラの鉢も一つ二つ残しておけばいいのに…

と思われる方も多いでしょう。

 

極端な生き方だねえ、と言われる事もあります。 

 

もちろん、私にも 手放せないものは 沢山あって

食器や文房具、レコードや古い雑誌のコレクションなどは

今の所 手放すつもりはありません。

 

バラの場合は 住む場所の都合があって

泣く泣く手放したと言う感じでした。

 

もしかすると バラそのものよりも

花や猫なんかの 小さなものを お世話する事が 好きなのかな?

 

 

 

とにかく身軽になった方が 絶対に良いと 今は思っています。

引っ越しも大変だった・・・

親の遺してくれたマンションを片付けるのも一苦労。

 

身の回りはシンプルにしていた方が

家族や身内の為だなーと つくづく思い知りました。

 

 

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お金があって、有名人の知り合いがいるから 人が寄ってきた時代

そこそこ知名度が高くなり  その知名度に 人が集まってきた時代

それなりに 色々ありました。

 

そして それらを手放してすっきりさっぱり(笑)

 

どれもが自分の運と努力の賜物、なんでしょうけど

 所謂 過去の栄光…

そこにしがみつく人生でなくて良かったと思っています。

 

滋賀に越してきてからさらに変化していて  

良い意味で自分中心になってきてる気がします。

興味のある話を聞き、会いたい人に会い  行きたい場所にだけ行く。

沢山の勉強をして 教わって 転んで滑って 捨てまくって

やっと自分の真ん中と 繋がったような気がする今日この頃です。