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琵琶湖に呼ばれて

不思議な出会いの先に待っていたのは湖の畔の素敵な部屋。そこに暮らしながら日々の様々な気付きを発信しています。

人生を変えた出会い ③松山の先生

人生を変えた出会い

 

人生の節目に  何故かスピリチュアルな出会いがあり  新しい方向に導かれて今日まで来れた様に感じています。

スピリチュアルな方々と「出会えたから 変わったんだ」と思っていましたが…もしかすると逆なのかな?

人生に偶然は無く、神様は気まぐれでサイコロは振らない。Namieさんとターラさん、お二人のスピリチュアルカウンセラーに出会えたのは幸運な事でもあり 自分の何かが それを引き寄せたのだ、と思います。

今は素敵な仲間と素敵な家を手に入れ 穏やかな暮らしをしています。

 

 

十数年前からつい最近までの自分を振り返ってみると  人間関係やお仕事に恵まれ、経済的にも豊かだった。けれど 多忙を極めてとても疲れていました。そして このまま それが続くのだと思っていました。

 

描いていた漠然とした未来には  「大半の仕事を辞めて滋賀に住む」と言う選択肢は 一欠片もありませんでした。滋賀の地名すら頭になかった。

 

女性には 「知らない土地で暮さねばならない」事情が 往々にしてあります。旦那様の転勤とか、旦那様の実家での同居…

私の場合は そうではありません。特に今回は引っ越しを決める理由も順番も 思いっきり ぐちゃくちゃ。

自営業では ありましたが 何処に住んでもやって行けるほど 自由に仕事が選べる立場でもなかったし 経済的基盤があった訳でもありません。

先の暮らしを考えると 収入の根拠がなさすぎて・・・笑うしかない。と言うか、むしろ 開き直るしかない状況。

 

普通は 準備して 色々が大丈夫そうだとわかってから動きます。…車を買うのでも 家を買うのでも みんなそう。

「この先 お金入ってくるかどうかも 皆目ゼロ状態で 知らない土地にマンション買うバカが何処にいる?」と 私の親戚は 皆口を揃えて言いました。

仰せの通りっす。返す言葉もありませんです、はい…

 

いつから私は こんなスリリングなジェットコースターのレールに乗っていたのだろう?…しかも本人、 書いてる程は 不安になってる訳でも途方にくれているわけでも無く 呑気に お掃除したり 猫と遊んだりしています。

 

お二人の素敵なチャネラーさんと出会う うんと前に 実はもう一つ 偉大なチャネラーさんとの出会いがありました。思うに、そこから私の人生がそっち方向に (どっちだい?)変わったのだろうなと思っています。

今回はそのお話を書こうと思います。

 

 

人生に主導権を持つ

 

 

私は不思議体験も沢山していますが 最初からスピリチュアルな事を100%受け入れていた訳ではありません。ある方との出会いがきっかけとなり 受け入れざるを得ない状況になったのです。その方との出会いは それ程強烈でした。

以前の私はまったく違う暮らしをしており その事はこちらに書いてあります。ご興味があれば読まれて下さい。

spica0104.hatenablog.jp

 
前々からブログに何度も登場している松山のFS先生の事を改めて書こうと思います、が・・・とても緊張してしまう…それほど私には特別な存在の方です。
 
相当昔…ネットワークビジネスをガンガンにやっていた絶頂期の頃でした。あるパーティがありロスに1人で行く事になりました。その往路で飛行機の隣のシートに座った女性から先生のことを教えていただいたのです。長いフライトで なんとなく話す様になり すっかり意気投合した私達。その女性は同年代で かなりリッチな暮らしをしている方でした。年が近いだけでなく、誕生日も1日違い、家まで近所で 驚きました。
 
彼女はその若さで 幾つもの事業を展開していました。女性誌にも 女性起業家、サクセスウーマン、的な扱いで取材を受けていましたし 講演会なども 随分呼ばれている様でした。そして、そうなれたのは松山の先生のおかげだと言うのです。それを聞いて 「私も行きたい!」と単純に思いました。(今以上に豊かになれるかしら?と思ったのです。)
 
予約の仕方やお礼の渡し方 その他をしっかり教えてもらい、彼女とは別れました。その後、彼女とは お互いの自宅を何度か行き来するようになりましたが  だんだんと疎遠になり  2年ほどのお付き合いの後 会わなくなってしまいました。風の便りに 彼女は4年程前 闘病の末、他界されてしまった事を聞きました。お若いのに残念です。
 
 
 
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話は戻ります。
ロスから帰国して松山に予約を入れる日になりました。予約の受付は月に一回だけ。
彼女が言っていた通り 予約日の電話は 朝からずっと話し中・・・何十回コールしたか…お昼過ぎにやっと繋がって 翌月の予約を取りました。
 
そして当日、羽田から松山に飛び ドキドキしながら その方と対坐。さっそく仕事の事を相談しました。
 
そして  開口一番に言われたのが なんと!
「貴女は ビジネスには向いていません」と言う言葉でした…
 
「はぁ?」です。
「それだけは無いわ…この人、わかってないわ」と心の中で思っていました。
私、成功者の1人 なんですけど〜…と 心の中で思っていたのです。
今思うと恐ろしいやら 恥ずかしいやら 冷や汗です。
 
 もう質問はやめよう、無駄無駄・・・と思いました。飛行機で たまたま隣り合わせた人を 信じてこんなとこまで来て バカだったわ〜  勘が外れたかなぁ〜、道後温泉でも入って帰るか、なんて、心の中で考えていました。
 
でも松山までせっかく来たんだし…と思い直し 今度は札幌の実家の相談をしました。
親や親戚に立て続けに不幸が続いていたので それについて 訪ねてみました。
しばらく目を閉じて  どこかと繋がっておられるご様子でした。その後、その先生は 「私が行きましょう。」と仰ったのです。
 
これまた 「はぁ?なんの事?」です。
初めて会った方に そんな事を言われても困りますよね。第一「どこに来るの?」です。
 
(結果から言うと 先生は翌月札幌に来てくださり 我が家の実家の 面倒な事を 数秒で解決して帰られました…そしてそれ以来 何かに迷い 行き詰まる度に 松山に 先生のお顔を見に飛ぶようになりました。)
 
 
記念すべき第一回目、生まれて初めてのチャネリングは あっけなく終わり 帰りの飛行機では眼下で夕日に染まる富士山をぼーっと眺めていました。
 
…そして 羽田について 飛行機を降りる時、それまで関わっていたビジネスを「すべて辞めよう」と 思ったのです。
 
何でなのだろう…理由がわからない…自分の事なのに。ふと心に「辞めよう」と言う言葉が浮かんで それに従った、それしか答えがないのです。そんなつもりで松山に行ったわけでは勿論ありません。 その時 やっていたビジネスは 気まぐれや 気分で 「辞めちゃえ」、と言えるレベルの収入や規模では ありませんでした。未だに 謎なんです。その時の自分が。
 
 
「手放す」という事の深い意味を知るのはもっともっと後になってからです。
でも あの時 何かのチカラが働いて 私は大きなものを 手放したんだな、と思います。それがその後に そして 今に繋がっていた…
 
・・・何かが 私を クリアに浄化してくれたのだろうか・・・?
 
もしかすると夕日の中の富士山だったのかも知れませんね。
 
 
 
 
 
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その先生は チャネリングによる人生相談だけでは無く 日々の暮らしについての心得も「お勉強会」で教えておられます。歳時記や日本の伝統行事の意味、礼儀 、神社仏閣のお詣りの仕方、作法、仕方今私達が日本人である理由、宇宙の法則などなど。
 
そのお勉強会には 機会があればまた行きたいなと思っています。
予約 入るんだろうか・・・。
 
 
***
松山に通っているうちに悩みがすっかりなくなりました。起る事を受け入れられる状態になっていったのかもしれません。半年も経つ頃には悩み相談では無く、雑談をしに行っている様な感じになりました。毎回心に残る素敵なお話を聞かせて頂きその度沢山の気づきがありました。
 
中でも忘れられないお話が あります。
アンティークに関する質問をした時の先生のお答えです。
 
私は古いバカラや中国の古い白磁の器が大好きで集めていたのです。 古い食器に人の想念などが込められていないのか、良くない歴史のあるものだったら 持っていない方がいいのか?などを尋ねました。
 
先生は「貴女のチャンネルが きちんと整っているのなら、そういうものは 寄っては来ないでしょう。出会っても 欲しいとは思わないものですよ」と答えて下さいました。今になってみるとチャンネルとはきっと波動、エネルギーの事だと思います。
 
さらに「そういった古い器で お茶を飲む良さとは、その時代に そうしていた方々と 時を超えて 同じ安らぎを共有出来る事なんですよ。」
 
「高価なアンティークでなくても 普段使いの日用品を大切に使い、それを家族に伝えると良いですよ。器を残すのではなく  貴女がその器で美味しそうにお茶を飲まれていた時間、…あの人は物を大切にした人だった、この茶碗で美味しそうに飲んでいた、と言う記憶を残す事こそが大切なのですよ。」と仰いました。
 
当時の私はパラレルワールドという言葉すら知らなかった。それでも「時を超えて共有する」と言う言葉がとても綺麗で感動しました。同じお茶碗でお茶を楽しんでいた昔の人の事を考える時間も好きでした。 アンティークの器を 飾って見て楽しむだけでは無く 大切に使おう、とも思いました。
 
同じ様なお話で 宮大工さんのお話もありました。古いお寺や神社を何百年も経ってから修理する時に どこかの柱に小さく大工さんの名前が彫られている事がある…確かそんなお話でした。時の権力者の名前は建立者として残りますが 実際に働いた方の名前はほとんど残らないものです。「名を残すのでは無く 仕事を残す、それが仕事をする者の心構えであり美学でもある」・・・。確かそんな話でした。
 
他にも「素直さ」、「綺麗な言葉の持つチカラ」そんな事を随分教わった気がします。有意義で楽しい道徳の時間を過ごさせて頂きました。毎月 会いに行きたくなるほど 松山の先生が大好きでした。
 
ですから滋賀に行く事が決まった時もご報告に行こうか 悩んでしまいました。松山に行かなくなって15年近く経っているという躊躇・・・そして滋賀への引っ越しがあまりにも凄いスピードで進んで行く中で  自分の時間も予算もうまく取れないでいました。
 
そんなある日 先生の夢を見たのです。
文机を挟んで私と先生が、向かい合っていました。
「いつも見ていますよ、大丈夫、それでいいのです」
夢の中の先生は 伝えてくれました。
 
…それは私の心の声、願望だったのかもしれない。それでも嬉しかった。
 
 
 
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「夢を見るという事 は   真理の大海に雫が一滴落ちて水面に 小々波が立つ様な現象です。貴方の学びの方向、人としての 生をまっとうする旅の 行く先を示してくれる事もあれば    今生では経験できなかった別な生を見せてくれたりもするのです。」と 前に先生が教えてくださったのを思い出ました。
 
その時は 難しくて理解ができなかった。
それでも「人としての生をまっとうする旅」 という言葉を心に刻みました。
 
 
 
夢に現れたのが 先生の答えなんだろう、と 勝手に思っています。
先生に出会えてから様々なタイミングで 素晴らしいチャネラーさんとも出会いました。
 
人生において「心の師」が存在するということが  どれほど励まされ勇気づけられるものか、過去の私なら考えもしなかった事でしょう。
 
日々の雑事に一喜一憂して同じ事を繰り返すのも自由です。すべてを周りのせいにして 自分の正しさを疑わないのも自由。
 
でも出来れば私は気づきたい、学びたい、変わりたいと思っています。
笑いながら 喜びながら…変化し続けられたら最高に幸せです。
 
 
 
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これは 親しくさせて頂いている大好きな方が送ってくれた写真。お庭の中で咲いたばかりのバラを何気ない気持ちで 撮影されたのだと思います。観る方も気負わず楽に眺められます。綺麗だな〜という 飾らないありのままの気持ちが伝わってきます。
 
その人はいつも穏やかで どんな時も同じように在ろうとしています。
上がったり下がったりがあっても 人に対する時は同じで在ろうとしている。
たしか亡くなられたお母様が「常にそうであるようにね。」とその方に伝えたと言うお話を伺った気がします。その方のお母様は偶然ですが私と誕生日が一緒でした。
 
私は 未だ未だそこまで 行けずにいます。
心が曇った時、いらっときた時 このお花をみて その方とそのお話を思い出します。
花は優しさや喜びを思い出させてくれますね。
 
 
 
いつかこの身体を抜ける時、空には何も持っていけない。
でもそんな喜びの記憶は 光になって自分と共に在るような、そんな気がします。
 
 
 
 
 ***
素敵な方々との特別な出会いを 書いてみました。でも どんな素敵でチカラのある方と出会い、人生が変わる様なアドバイスを頂いたとしても それを受け入れ実行に移すのは自分なんです。
 
アドバイスの中には  受け入れ難い言葉もあるでしょう。
自分の中に 頑固にこびりついた思考は そもそもは 自分を守る為に、生きる為に 親や学校、社会通念、過去の経験に依る所が大きい。そして その思考の大元には 恐れや不安が暗い雲のように広がっています。
 
「こうなったら良いな〜素敵だな〜」ではなく
 
「…こうなったらどうしよう。こうなったらヤバイよね。それだけは嫌だ。絶対そうならない様にしよう。」起きてもない事に対して 不安だらけ。
 
未来のフォーカスを いつも「不安」に合わせていると「不安への対処」しか出来なくなるのだろうな、と、そんな風に思います。
 
 
アドバイスをくれる方は沢山いるでしょう。チャネラーさん、霊能者、友達、親兄弟、信頼出来る先輩、或いは自分の 世間一般の価値基準かもしれない…でも、決めるのも 行動するのも自分です。
 
 自分の人生の主導権を握る、…ターラさんが仰っていた言葉です。
 
私は これからは そんな風に生きて行くつもりです。それがどんな状況であろうと。
 
 
 
 
 
 長い長い文章を読んで頂いて ありがとうございました。
この先、また素晴らしい出会いがあるかもしれません。その時は ここに 書こうと思います。