琵琶湖に呼ばれて

不思議な出会いの先に待っていたのは湖の畔の素敵な部屋。そこに暮らしながら日々の様々な気付きを発信しています。

お寺でのヨガと瞑想 マインドフルネスな1日の続き

昨日は 京都市内のお寺さんで 丸一日 非常に濃いセミナー&ワークに参加しました。 

サラリーマン、OLさん、主婦、学生…年代も職種も 違う方が  広いお寺の仏間で 好きな場所で 好きな座り方で 用意されたワークにトライ。

 

www.fukakusa.or.jp

なんと!こんな凄いとこ・・・がっつりお寺です。

 

 

 

せっかくのお休みの日に そう言う場所に お金を払って参加する… 

何か学びたい、もしくは 自分について、 現状について  立ち止まろうとしている。

あるいは本来の自分の 片鱗に触れようとしている 。救済を求めてるのかもしれない、気づきたいのかもしれない…何方も様々な想いを持っての参加だと思います。

 

軽いヨガからスタートし 瞑想の練習、それから問いかけ、うちなる自分の批判と向き合う…様々なワークを通じて 自分を知っていきます。

 

クリパルヨガとマインドフルネスの先生が 素晴らしくて  家で一人でやっているのでは 到底たどり着けない 超デトックスなプログラムでした。柔らかな雰囲気の 先生で 終始穏やかに ワークは進みました。

 

自己啓発セミナー、ノウハウセミナーとは まったく違い  そこには 方向性をコントロールする と言う意図は 全くありません。

みんながそれぞれの自分の物語に向き合う…

気がつくと お寺の仏間が どこかの静かな書店や

図書館のように心地よい空間になっていました。

 

www.insight-jp.net

こちらの先生に指導して頂きました。又この先生のクラスを探して行きたいな〜。

 

 

 

 

 

 

 

私がヨガを始めて習ったのは もう何年も前のこと。
ハタヨガで そんなにハードでもなく 自分的にもストイックな関わりではありません。
仕事の都合で やめたり 又 暇ができて再開したり、を繰り返していました。

 

場所や先生が 変わりながらも なんだかんだで 続けているのは 何故なんだろう
…と思います。今は クリパルヨガを週に2回学んでいます。今回もそのクリパルヨガの先生のおすすめで この会に参加したのです。クリパルヨガが最終着地点になりそうな予感がします。

 

 

 

どんな人も それぞれが所属する世界で 長い間 暮らしていると
自分では 無い、「違うもの」に 侵略されてしまうように思います。

そんな状態に 気づかないまま 「それ」は いつのまにか

すっかり自分と入れ替わってしまっている・・・そんな風に感じる事があります。

元々の自分の様に 服を着て 仕事に行き、家に帰ってきます。

もし違和感があっても 色んな理由でそこから簡単には抜けられない・・・

だいたいの大人はそういう世界に生きています。

 

隅っこに 押しやられた元々の自分は

せめて痛みや 病気になって 体にシグナルを送るしかないのかも?

そう考えると そういうシグナルすら愛おしいと思います。

私の脊椎や心臓も「ねぇ、わかってよ」と言っているのかもしれない。

 

 

その展開ってオンラインゲームの中で   レベルアップしていくのにも 似てる・・・

 溜まったアイテムを使って 着替えているうちに全体の データが重くなり  やがては 今の パソコンの動作環境では 遊ぶことが不可能になってしまう…

 

デフラグか パソコンの買い替えか そのゲームのアイテムをシンプルにする、といった見直しが 必要になります。

 

オールクリア。

もしくは 何故このゲームをしているの?

 

と 問いかける事が 私にとっての 瞑想であり ヨガなんだな・・・

 

瞑想状態の脳や体は  休みを取りながら そこでクリアリングされ さらにセンタリングもされる。ただ 寝ているだけとは 体も心も休まり方が 違うのだと、今頃 わかりました。

 

スピリチュアルな事に 全く興味がないときに スタートしたヨガと瞑想、アーユルヴェーダと言う哲学。

 

人生に様々な大きな出来事が起こり 体を壊し、心が何度も折れ迷子になり、その度 ヨガと瞑想にゆるく触れてきました。それは あくまでも逃避の為のものだった。

 

スピリチュアルな出会いが 多くなり その世界に傾倒しだし  砂時計の残りが もしかすると かなり少ない?と気づき 全ての環境を一度クリアにして 始めた琵琶湖での暮らし。循環を意識する暮らしが私を変えました。

 

そこで又 私はヨガの先生に出会い、呼吸と瞑想という「在り方」を手にして 内側に向かって還ろうとしています。もう スピリチュアルな要素をわざわざ意識する事もなくなりました。「今ここ」に居れば不確定な未来を知ろうとする必要は もうありません。

 

 

 

 

週に2度のヨガクラスは 通って2ヶ月目で 私の血液中の 白血球と赤血球の数値を薬を使わずに 正常にしてくれました。貧血は改善され 夜も良く眠れます。

それが 偶然なのか どうかは わからない。

 

けれど私は徐々に年相応の健康な体を取り戻しているようです。

クリパルヨガに出会うために そんな体である必要があったのかもしれません。

 

きっとマリオカート的な ものや 迷路を戦い謎解きながら進むゼルダの冒険的なゲームのアプリを全て削除したのだな…

 

 

 私を求めてくれるものに 触れ  求めているものに触れる。そうやって充電し たまにデフラグし 大量の不要データを綺麗にし 不必要なUSBは抜き 身軽に 必要なものだけを携えて 好きな場所へいく。繊細なモノを感知できる様 網目は細かく細かく しつつ   流れを尊重する、そんな暮らしは とても私に合っているように思います。今のところはね。

 

 

 

ファイルにはきっと沢山の喜びの記憶と

それを際立たせる薄い影も しまわれているんだろうな。

 

 

私というハードディスク、もしくはこの小さなノートブックが 時代遅れになりながらも 出荷時の状態に戻される事なく なんとか 現役で動き続けてくれますように。

 

私は私、そして世界は私が作っている。

だから起こることって すべて自分の意識の欠片達なんだなと

思う今日このごろです。

 

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