琵琶湖に呼ばれて

不思議な出会いの先に待っていたのは湖の畔の素敵な部屋。そこに暮らしながら日々の様々な気付きを発信しています。

井戸を掘る人 、水を飲む人

大昔、とても尊敬する方から「井戸を掘った人を忘れない」と言う 中国の ことわざを 教わりました。

 

解釈は きっと沢山あってね、その意味も「感謝」とか「恩返し」とか …もう なんとでも 取れると思うんだけど

 

私は 今は  

そういう事を言いたいわけじゃ

無いんです。

 

自分の こういう 面白い運命を思う時

 

「不思議な巡り合わせ」

「出逢いの妙」とか

「必然」とか

「複雑に絡まった糸」

「変化」

と言う 言葉が出てきます。

むしろ そのオンパレードです(笑)

 

 

そして

いつもその「変化」に対して

怖がらない自分がいた。

そんな自分に一番 感謝しています。

 

よく あの時

死を選ばなかった

よく あの時

ふてくされて 投げ出さなかった

よく あの時

人を恨まなかった

 

あの時、あの時、あの時の自分の身体は

今日という日を 知っていたのかもしれない。

 

思考だけが 目の前の 色々に揺れて

絶望して 泣いたり 怒ったりしてたけど

私の「身体」は 私でいる事を

諦めなかったんだなと

思います。

だから 今も元気だし これからも大丈夫。

 

 

 

糸=意図

 

生まれる前の 魂だった自分が

自分の為に  仕組んだプログラム。

 

そんな 約束、意図が

今 ゆっくりと順番に

目の前に 現れている。

 

 

 

そして  そんな事はすっかり忘れて  

ここで 当たり前の様に

知り合いになって

笑ったり泣いたり

怒ったり

誰も わかってくれない!なんて思って

がっかりしたりして

 

誰もが ドラマの役割を演じてる。

 

…なんて思うとね

俄然、楽しくなってきちゃうんです。

 

 

あの世に行ってから

 「あん時 うまく行ったねー」

とか

「笑っちゃったね 」なんて

 

いろんな魂たちが 集まって

ニコニコするんだろうな〜と

ワクワクしちゃうんです。

 

 

 

この話における

井戸を掘った人って

生まれる前の「大いなる自分」 

 

水を飲む人は

「現実の今の自分」

 

あー、あんなに肉体が欲しいって

言うから

色んな感情を味わいたいって言うから

 

地球に転生させてやったのになー、

文句ばっか言ってるわ。

 

とか

 

ドラマに振り回されすぎだなぁ

すっかり 約束忘れちゃってるよ

 

なんて

大いなる完全体の自分は

それはそれで 微笑ましく思って

笑ってるんだろうな。

 

 

 

視点を高く、って

そういうことよね… 

 

 

 

 

私は 今 会う人会う人が

優しくて

協力的で

何これ?ってくらいに

なんでもスムーズ…

 

何が起こっているか

よく わかりません。

 

 

 

 

周りにいるのは

私より 色んな事がわかってて

教えてくださる人ばかり。

 

不安がらせる人も

闇雲に 嫌な事を言う人も居ない。

存在する次元が

多分違うんでしょう。

 

 

 

平和すぎて ボケボケ。

収穫の時、と言うより 

お腹すかない毎日。

 

だからこそ

余計に

井戸を掘った人の事を

思い出したいな

なんて思うんです。

 

魂だった自分は

何を 今の自分にさせたかったのか?

 

自由になる事?

それとも

忍耐?

 

違和感に忠実に

我慢を止める事?

 

 なんだか わからないけど

そんな 大元の人に

話を伝えてくれた人に

出会えた人に

 

素直に 感謝しています。

色々教えてくださって

本当に 有難うございます。

 

 

 

 

 

 

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