琵琶湖に呼ばれて

不思議な出会いの先に待っていたのは湖の畔の素敵な部屋。そこに暮らしながら日々の様々な気付きを発信しています。

旅を暮らす 〜何故 一番大切な人をその時〜

 

旅芸人の記録

昔 観た映画です。

 

今は、まさに そんな暮らしを

しようと してる(いや、既にしてるし)

自分に思うことは沢山あります。

 

でも 性に合っている、

それなんだな、

結局 それしか無いんだな

と思う訳ですね。

 

 

好きな事は その都度 変化する。

読みたい本や 行きたい場所

興味のある事、聞きたい音楽だって変わる。

居酒屋が良い時もあれば

高級フレンチが良い時もある。

気分って 言うものは  波の様です。

 

自分は こうだ!

と決めつけない方が選択肢は広がり

経験も増え楽しみ方も 覚えます。

 

「馴染み」もよいし 「ご新規」も良い。

新しいお店の開拓も住処の開拓も 同じ。

そこに 大した勇気はいりません。

 

 

 

f:id:spica0104:20180312072940j:image

そんなこんなで 京都も春。

 

f:id:spica0104:20180312073000j:image

部屋では 猫は 相変わらず・・・動かないw

 

f:id:spica0104:20180312073016j:image

夜中に大好きなマーリンを観たり

 

 

f:id:spica0104:20180312073035j:image

ふらっと都内に お出かけして

新橋で飲んだり

(この店 また行く!楽しかった)

 

f:id:spica0104:20180312073123j:image

大阪や滋賀で こんなお店を借り切って

グループセッションしたり

(夏も良さげ)

 

 

今の自分は

仕事は どこででも出来て

人は いつでも集まってくれて

楽しく過ごせている。

 

自分のいる場所が自分にとっての

パワースポットに なってる♡

 

 

 

 

 ・・・

 

 

田舎にいる時は

春と秋は 毎日焚き火をしていました。

f:id:spica0104:20180312105604j:image

お外でご飯を食べると

カレーやアジの干物まで

ご馳走になる。

 

 

 

f:id:spica0104:20180312105615j:image

山も小川もすぐそこにあって

焚き火、お外ご飯、川でビールとワイン冷やす

…それは日常の景色。

 

 

f:id:spica0104:20180312105625j:image

そこらのおじい、おばあ達

みんな 普通にお外で 飲んで食べて・・・

眠る前には ナッツを撒いて

朝の小鳥やリスのご飯支度もお手伝い。

 

f:id:spica0104:20180312105926j:image

f:id:spica0104:20180312105935j:image

又 翌日も 焚き火をいそいそと(笑)

 

ご近所とお裾分けの宴会。

冷えてくると 歩いて温泉へ。

 

なんて豊かな日々だったのだろう。

 

f:id:spica0104:20180312105633j:image

懐かしい写真達。

今度は 海外で焚き火しよう。

 

・・・

 

琵琶湖に来てからは

日差しが柔らかい時期は

貸しボートで漕ぎ出して 湖上で読書。

モーターボートの波に

ビビりながら 日傘の中でコーヒー。

 

 

暑い夏は

部屋からヨットを眺めたり

ソファでビールを飲みながら花火見物。

 

 

浜で流木を品定めして 寝っ転がる。

ナイトピクニックや夜のお散歩も。

ヌートリアにバッタリ出会って

びっくりしたり。

 

 

 

f:id:spica0104:20180312105834j:image

お金に余裕がある時は

京都で 美味しいものを。

お金の無い時は

自宅で 湖を眺めながら

やっぱり美味しいもの。

 

夢の中にいるみたいな

素敵で美味しい暮らし。

琵琶湖は 日本の子宮と言われるそうです。

そうかもしれないね。

 

 

美しい湖に

呼ばれた ミラクルな2年間…

 

 

f:id:spica0104:20180312110102j:image

 

f:id:spica0104:20180312090511j:image

蒸篭で出すと

そこらのアサリも鱈も

めっちゃ高級に見えると言う

技を覚えたw

 

 

・・・

 

次は どんな暮らし?

 

一つ 言えることは

何処へ移動して

何処に住んでも 

自分のいる場所は

素敵な場所になる

ってこと。

 

それは間違いない。

 

 

 

 

 

昔は 

不自由な自分を助けよう

…と思っていたけれど

助けが必要な自分は

元々いなかった。

 

 

 

 

 

ameblo.jp

 

あのとき、自分の大事な人を なぜ真っ先に助けに行かなかったのか。時間があったはずなのにと、繰り返し自分を責めました。この罪悪感は今も続いています。

本の中の文章より抜粋しました。

 

 

大切な人の肉体や肉声を

身近に感じられなくなると

人はそれがどんな理由であっても

自分を責めてしまう傾向にあります。

事故死でも、病死でも・・・

 

生きている自分と

生きていないその人

 

分離感。

今、自分が生きている事への罪悪感

助けられなかった事への罪悪感

 

 

 

死んだ人の分まで・・・

と言う言葉があるけれど

死んだ人の分まで 生きる

その気持はわかるけれどね

それは不可能な事。

 

自分が自分を生きるのだって 

それはもう大変だもの。

 

私も大切な肉親を早くに亡くしている。

死んだら会えると思うと

死ぬのも怖くないなぁと思える。

物凄く好きな人なら尚更だろう。

 

 

いちばん大切な人を助けに行けなかった事を

悔やんでる人が こうして沢山居る。

 

3.11に限らず 

毎日 そういう人は 

あちこちに いるんだろうと思う。

 

見せてもらっている、と言う言葉は

失礼にあたるかもしれない。

 

自分は 同じような事で後悔したくないな、

と願う。

 

 

私は 私を大切にしたい。

その為に 今出来ることをしている。

 

枠を壊すこと、シンプルに暮らすこと。

 

人は いつだって好きな事をしていて良い。 

選んだ事が好きな事、

なら それで良い、と思う。

 

魂が見えたらなぁ…

ほんとに 良いのにね

 

 

 

 

それにしても

イベントが早く起こってくれるといいのだけれど・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広告を非表示にする